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岡山地方裁判所 昭和31年(レ)9号 判決 1957年3月27日

控訴人 日本工芸敷物株式会社

被控訴人 阿部努 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。債権者控訴人、債務者被控訴人阿部努、第三債務者被控訴人日本電信電話公社(以下公社という)間の、岡山地方裁判所昭和二九年(ヨ)第四一号電話加入権仮差押事件につき、仮差押された被控訴人阿部の被控訴人公社に対して有する岡山電話局第九一二三番の電話加入権の電話機につき、被控訴人阿部がなしたるその架設場所を、岡山市新西大寺町三一番地になしたる変更及び更にこれが架設場所を、同市野田屋町一五五番地になしたる変更は許さない。被控訴人公社は、右電話機の架設場所を、同市野田屋町一五五番地から、同市上之町一三九番地に復帰させなければならない。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人両名の負担とする。」との判決を求め、

被控訴人阿部努及び被控訴人公社指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、原判決事実摘示と同一であるからここに、これを引用する。

証拠として、控訴人は甲第一ないし第三号証を提出し、当審証人川崎正忠、友直千代典の各証言を援用し、乙第一、二号証の成立は不知と述べ、被控訴人阿部は当審証人山本初子の証言を援用し、被控訴人公社は、乙第一、二号証を提出し、原審における被控訴人阿部努本人尋問の結果を援用し、被控訴人両名は、甲第一ないし第三号証の成立を認めると述べた。

理由

控訴人が、被控訴人阿部に対して有するテーブル掛敷物類の売掛残代金債権金三七九、〇六九円の内金一〇〇、〇〇〇円の執行保全のため、債権者として、岡山地方裁判所に被控訴人阿部の被控訴人公社に対する電話加入権岡山電話局第九一二三番につき、被控訴人阿部を債務者、被控訴人公社を第三債務者として、仮差押の申請をなし、同裁判所が、昭和二九年(ヨ)第四一号事件として昭和二九年三月五日、(イ)債権者が債務者に対して有する前記債権の執行を保全するため、債務者の有する電話加入権岡山局第九一二三番を、仮に差押える。(ロ)債務者は、右電話加入権につき、加入名義の書換、架設場所の変更、その他一切の変更手続をしてはならない。(ハ)第三債務者は、債務者の申請により、名義書換その他一切の変更手続をしてはならない。との仮差押決定をしたこと及び右仮差押決定は、その頃右仮差押債務者たる被控訴人阿部及び第三債務者たる被控訴人公社に、それぞれ送達せられたが、その後被控訴人阿部の申請により、被控訴人公社は、右電話機の架設場所を、右仮差押決定当時の架設場所たる岡山市上之町一三九番地から、同市新西大寺町三一番地に変更し、更に同所から同市野田屋町一五五番地に変更したことは、いずれも当事者間に争がない。

控訴人は、右の如き電話機の架設場所の変更は、前記仮差押決定(ロ)項に明記する架設場所変更禁止の決定に違反するものであると主張するに対し、被控訴人等は、電話加入権に対する仮差押において電話機の架設場所の変更を禁止する旨の決定がなされても右決定は無意義である。蓋し、仮差押の対象としての電話加入権は、財産権としての電話加入権であつて、電話の利用関係上の請求権とは観念的に別個なものと解すべきである。電話加入権について仮差押の裁判がなされても、仮差押債務者たる電話加入者は電話の利用はできるのであるから、電話機の架設場所の変更は、電話加入権に対し、仮差押の裁判があつたとしても、当然許されているものと解すべきである。したがつて、電話加入権の仮差押決定において、電話機の架設場所の変更を禁止することは、仮差押の目的を逸脱しているものといわなければならないから、仮令仮差押決定の主文中に、右禁止の決定が掲げられても、右決定は無意義である、と主張するので先づこの点から判断する。

およそ保全命令がその言渡と同時に執行力を生ずるものであることは敢て多言を要しないところであるが、それが裁判所のなす公権的法律判断の表示であるという裁判一般の通則からいつて、当事者は、その裁判の全部又は一部が違法若しくは無意義であると考えても、右裁判に対する異議若しくは取消等の手続により、これが取消、変更等の裁判を得ない以上は、自己の裁量によつてその裁判が違法若しくは無意義であるとしてその裁判の内容に違反、抵触する行為はなし得ないものといわなければならない。したがつて被控訴人等の右主張は、既にこの点から言つて失当であるのみならず、電話加入権に対する仮差押の裁判においては、電話機の架設場所の変更を禁止することは次の理由から必要であつて、被控訴人等主張の如く無意義なものではない。蓋し、公衆電気通信法第二八条第一項には、「単独電話若しくは共同電話の電話機又は構内交換電話の交換設備の設置の場所は、公社と加入契約を締結した者(加入者)の居住の場所、事務所若しくは事業所又は加入者たる法人の役員、加入者の使用人その他加入者の行う事業に従事する者の居住の場所でなければならない」旨規定され同法第四二条第一項には、公社は加入者が(一)この法律の規定に違反したとき、(二)電話に関する公社の業務の遂行又は公社の電気、通信設備に著しい支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがある行為であつて、郵政省令で定めるものをしたときには、六月以内の期間を定めて、その加入電話の通話を停止し、又は加入契約を解除することができる旨規定されている。そして公衆電気通信法施行規則第四条は、右法第四二条第一項第二号に規定する行為の一として、加入電話の設備又は専用設備の端末機器その他端末設備を移転し、変更し、若しくは分解し、又はこれらに線条その他の導体を連絡する行為(天災、事変その他の事態に際し、これらの設備を保護する必要がある場合を除く)を掲げている。それゆえ、裁判所は、電話加入権に対する仮差押の裁判をする場合には、単に、仮差押債務者の有する電話加入権を仮に差押え、その加入名義を変更することを禁止する旨宣言するに止まらず、仮差押裁判後、仮差押債務者が擅に電話機の架設場所その他設備の変更等をなし、ために加入電話の通話が停止され、又は加入契約が解除されたりすることのないよう、仮差押債務者に対し、電話機の架設場所の変更、その他変更手続を禁止し、以つて、電話加入権に対する仮差押の実効を期する必要があるわけである。したがつて被控訴人等の右主張は採用することができない。

次に被控訴人等は仮りに電話機の架設場所の変更禁止の決定が無意義でないとしても、右禁止決定の効力は、仮差押債務者たる加入者が、居住の場所、事業所等を移転した場合には及ばないものと解すべく、本件において被控訴人阿部が電話機の架設場所を変更したのは、同人がその営業所を移転したことに伴う変更なのであるから、前記仮差押決定により禁止された事項に違反したものということはできない、と主張するので、その当否について検討を加える。

仮差押の執行が、仮差押債務者に対し、仮差押物件の処分を制限する効力をもつものであることは勿論であるが、その目的を達成するに必要な範囲において、仮差押物件の使用、収益並に管理を制限する効力をも有する場合のあることは、その機能や特質からいつて容易に考えられ得るところ、かかる仮差押物件の使用、収益、管理を制限する効力の有無並にその範囲は、仮差押物件並にその執行方法の如何により、一様ではあり得ない。今これを電話加入権に対する仮差押について考察するに、電話加入権とは、加入者が自己のために設置せられた電話機を使用して通話することを日本電信電話公社に請求し得る私法上の債権と解すべきところ(公衆電気通信法第三一条第三号参照)これが強制執行の方法としては譲渡命令若しくは換価命令によるわけであるから、これに対する仮差押は、右仮差押が本執行に移行するまでの間、電話加入権なる債権を、そのまま維持存続させればその目的を達するに充分であり、したがつて加入者が電話機を利用管理するのを制限する効力は、これを有しないものというべく、したがつてこれが仮差押の方法としては仮差押債権者のために債務者の有する電話加入権を仮に差押え、債務者に対し右加入権の加入名義の書換等その処分を禁止するとともに、叙上説示した如く電話機の架設場所の変更、その他右仮差押が本執行に転換ずるに至るまでの間に通話停止若しくは電話加入権消滅の原因となるべき行為をなすことを禁止し、第三債務者たる公社に対しても、債務者の申請により、名義書換その他右債務者に禁止したと同一の行為をなすことの禁止を命ずれば充分であると解すべきである。そして以上の如く、電話加入権に対し、仮差押がなされても、電話加入者において、その電話機の利用、管理をすることができる以上は、仮差押決定後、加入者がたまたま電話機の設置場所たる居住の場所、事業所等を移転した場合には、加入者は電話機の設置場所の変更を公社に申請し、その設置場所を右移転先に変更した上、同所において電話機を利用、管理し得るものと解するのが相当である。かように解したからといつて、電話加入権に対する強制執行の保全上、支障を来す理由を見出し得ないのみならず、かく解しなければ前記公衆電気通信法第二八条第一項の規定に抵触するに至るであろう。

要するに電話加入権に対する仮差押の裁判がなされた場合、電話加入者が擅にその電話機の設置場所を変更することは、原則として仮差押裁判に違反、抵触し許されないが、加入者がその居住の場所、事業所等を移転し、右移転に随伴して電話機の設置場所を、右移転先に変更することは、例外的に許容されているものというべく、したがつて本件仮差押決定においても電話機の架設場所の変更を禁止したのも右の趣旨においてなされたものと解するを相当とする。

よつて、被控訴人公社が被控訴人阿部の申請により、同人の電話機の設置場所を、前記の如く変更したのが、同人の居住の場所事業所等の移転に伴うものであるか否かを見るに、当審証人川崎正忠、同友直千代典、同山本初子の各証言並に原審における被控訴人阿部努本人尋問の結果を綜合すると、被控訴人阿部は昭和二八年三月頃訴外川崎正忠から同人所有の岡山市上之町一三九番地の店舖を賃借し、同所を営業所として、カーテン、敷物、装飾品等の販売業を営み同所に岡山電話局第九、一二三番の電話機を設置していたが、昭和三〇年四月頃、同所を右訴外人に明渡し、右営業所を同市新西大寺町三一番地に移転し、更に同年一〇月頃同所から同市野田屋町一五五番地に移転したが、右移転の都度被控訴人阿部は前記の如く被控訴人公社に、前記電話機の設置場所の変更を申請し、被控訴人公社はその当時いずれもその申請を容れその設置場所を各移転先に変更したことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実関係からすれば、被控訴人阿部がその電話機の設置場所を前記の如く変更したのはいずれも同人の営業所の移転に随伴してなしたものであるというべく、又右の営業所とは公衆電気通信法第二八条第一項に、いわゆる事業所に該当するものと解すべきであるから、被控訴人阿部のなした電話機の設置場所の変更は前示説示に照し、前記仮差押決定には何等違反抵触しないものといわなければならない。

しからば被控訴人等の右主張は理由あるものというべく、控訴人の本訴請求は他の点につき判断をなすまでもなく失当として棄却すべく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて、本件控訴はその理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 熊佐義里 村上明雄)

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